
香りには、たまに言葉が追いつかないものがある。
シトラス、ウッディ、お香。それらしい単語を並べてみても、どれもしっくりこない。なのに肌にのせた瞬間から、そこに「何か」が確かに佇んでいるのがわかる。
バイレードが日本限定で出した「OBORO」は、僕にとってまさにそういう香りだった。
つけた直後はクリアなシトラスが香る。でもそれはすぐに引いていって、雨に濡れた石みたいな、ひんやりしたミネラル感に変わっていく。輪郭がないのに、芯がある――そう言うしかない。
香り立ちは淡く、夕方の霧みたいに空気に溶けていく感じで、「ここからここまでがオボロ」という線引きがそもそもない。
でも曖昧で頼りないという話ではなくて、むしろその輪郭のなさの奥に、静かに、でもはっきり残るものがある。
主張が強いわけでも、すれ違いざまに気づかれるタイプでもない。自分のまわりに薄い空気の層を一枚つくるような、その程度のひそやかさで存在している。
時間が経つと、香水というより肌の温度と混ざり合って、その人が纏っている「空気そのもの」に近づいていく気がする。
正直、こういう矛盾を含んだ香りに僕はめっぽう弱い。わかりやすい個性や華やかさも嫌いじゃないけど、オボロみたいに一回の試香じゃ掴みきれない奥行きに、どうしても惹かれてしまう。
近づけばちゃんと手触りはある。でもそれを簡単な言葉やスペックで説明しきれない。その説明できなさが、なんというか色気になっている。
まだ本格的な冬の寒さの中でこれをつけたことはない。仕立てのいいウールコートとか、削ぎ落とした黒のロングアウターに、この輪郭のない香りを預けたら、どんな顔を見せてくれるんだろう。それを今からひそかに楽しみにしている。
最近、香りを選ぶときに「どんな香りか」というスペックより、それを纏った自分がどう在れるかのほうを大事にするようになった。オボロは気分を無理やり上げてくれる香りじゃない。むしろ忙しない日常の中に、すっと余白をつくってくれる。

これからの季節、お気に入りのコートを着てこの香りを纏って外に出る。そのときオボロがどんな空気を連れてきてくれるのか、まだわからない。だからこそ、確かめるのが少し楽しみでもある。
派手じゃない。わかりやすくもない。それでもなぜか忘れられなくて、ふとした瞬間にまた纏いたくなる。
定義できない美しさと、揺るがない芯。そのアンビバレントな心地よさが、僕にとってのオボロだ。


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